不定期日記2005

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2005.12.30


一昨日、子どもと一緒に連れ合いの実家に行く。子どもはそのまま残り、一人で実家に引き返す。夜、小説の翻訳。

昨日、小説の翻訳。昼、旧友のnを訪ねる。夜、旧友nが訪ねてくる。中学以来の悪友。昔話に花が咲きすぎ、日本酒の一升瓶を二人で開けてしまった。

今日、朝から晩まで小説の翻訳。訳し終えた部分(担当部分の約40%)を校正し、共訳者に送る。翻訳が45%弱まで進む。残り106ページ。子どもは元気になった模様。よかった。

 

2005.12.27


昨日家族で熊本に帰郷。子どもがウイルス性の下痢で元気がない。

今日、病院にいき、見てもらう。そこでもらったイオン飲料を少しずつ飲むにつれ、次第に回復。連れ合いは自分の実家に帰る。

小説の翻訳、遅々として進まず。残り126ページ。

 

2005.12.24


今日は土曜日。朝と夕に個人レッスン。朝は2コマでハングルの読み方とあいさつの仕方を勉強。夜は教科書の音読と韓国映画の台本チェック。その後、事務所で小説の翻訳。寝不足のためか、なかなか捗らなかった。

 

2005.12.23


終日保育。子どもの下痢が続いている。食欲はあり、元気に動き回っているので、それほど心配はしていない。が、基本的に布オムツを使っているため、洗濯が結構大変。夜9時過ぎ、子どもを寝かしつけながら一緒に寝てしまう。

 

2005.12.22


昨日、個人レッスンが2回。終わりが夜10時30分になり、最後は生徒さんも私もへろへろになる。kさん、おつかれさまでした。本日、韓作文添削を納品。

 

2005.12.19


12日から6日間、香港に出張。初めての中国だ。香港島は高層ビルが林立していた。東京とは一味違う風景だった。ホテルの近くにある食堂で食べたお粥が美味しかった。外食の値段は東京とあまり差がなかった。スーパーのビールは安かったが。「簡単な日常会話」程度の英語は問題なかった。ともかく、全日程が無事終わり、18日未明に帰宅。

18日は子どもの保育。出張が続いたため実家から応援に来てもらっていた母と近くのとんかつ屋で昼食。てっちゃんも乳母車で同席。かなり忙しかったようで、やつれていた。ありがたさと申し訳なさで胸がいっぱいになった。食事が終わり、母はタクシーに乗り、電車に乗り換えて羽田へ行き、飛行機で帰郷。

今年もあとわずか。韓作文添削に続いて小説の翻訳があり、年末年始は帰郷するものの仕事漬けになりそう。

 

2005.12.10


7日から今日まで南日本に出張。8・9日の二日間、学術会議で日↔韓の同時通訳をする。この仕事と、先日の韓国語での講義が今年最大の山だったが、無事乗り切った。

昨日、子どもが10ヶ月になった。帰宅すると、元気に動き回っていた。風邪もほとんど治った様子。出張中はホテルで子どもの写真を見ながら準備を行った。

 

2005.12.5


もう師走。去年に比べ、今年の冬は暖かい気がする。

3日、体験レッスン。出版社にお勤めの方。模擬授業を少しして、学習方法などについて話す。今後、レッスンを始めることになった。午後、静岡に行き、講演会通訳。2次会も通訳をし、現地泊。勉強になった。

4日の朝、静岡から東京に移動し、講演会通訳。2次会のあと3次会もあり、ハードだった。

5日、グループレッスン。休憩時間にラブ&ピースの話になった。レッスンの感想文を書いていただいた。ありがとうございます。褒めていただき、恐縮です。

出張から戻って3日振りにあった子どもは、一人座りが難なくできるようになっていた。

 

2005.11.30


シューレ大学韓国語講座も今日が今年で最後の授業。前半はフリートーキング、後半は歌をうたい、復習の音読をする。歌は、これまで授業でうたってきたpositionの「I love you」(尾崎豊の同名の歌のリメイク)、アン・チファンの「ぼくがもしも」、野菊の「それだけが僕の世界」の三つ。以前授業を受けていた学生が火事で焼け出されたという。早く逃げ出して無事だったが、眼鏡を除きすべてを失ったという。心配だ。

夜、個人レッスン。第9課より復習を行う。

明日は体験レッスンがある。

 

2005.11.29


昨日は3人の方のレッスン。パクヨンハファンの方がいらっしゃるのだが、今度来日するパクヨンハを直接見ることができるようになり、大変な喜びよう。みんなで「おめでとう」と拍手。ファンにとっては最高の贈り物だ。

今朝、早めに子どもを送り、仕事現場へ向かった。国際交流員として日本で仕事をしている韓国人約50人を前に「日本語通訳・翻訳のポイント」と題する講義を韓国語で90分行い、無事終了。質問も結構出た。パワーポイントファイルの作成に相当な時間がかかったが、山を越えてほっとしている。これまでプレゼンを何度かした経験が役に立った。講義終了後、三人が質問と名刺交換に来た。みな女性。法廷通訳になりたいという人、私のように通訳・翻訳で仕事をしたいという、観光ガイド試験の一次に通った人。名刺を交換しながら「メールで質問してもいいですか」と聞いた人。思わず「いいですよ」と答えてしまった。

 

2005.11.27


先週は全く休むひまなく働いた。それで日記の更新もできなかった。

21日、午後から3人の方のグループレッスン。これまでハングルの読み方を勉強してきたが、本編の会話の練習になったとたんに、水を得た魚のようにきれいな発音。映画やドラマや歌を見て聞いてきた蓄積が利いているのだ。基礎を固めれば、どんどん伸びると思う。やる気も十分だ。すばらしい。

この日と次の日にNOVAの予約を入れていたのだが、すっかり忘れてしまった。韓国出張の疲れが取れていなかったからだろう。

23日は終日子どもの保育。うんこが三回あった。便通がよいのは喜ばしいが、風呂に入る直前の三回目は、量も多く(これもうれしいことだが)、たぶん一日の疲れがたまっていたのだろう、一瞬むっとしてしまった。ごめんね、てっちゃん。

24、25、26日と個人レッスン。まじめな方ばかりで、学ぶ姿には頭が下がる。

25日に添削を仕上げて納品。よく仕事を頼む韓国人の友人と事務所で仕事。私は今度韓国人50-100人を前に通訳と翻訳の要点について講義を行うのだが--韓国語で--、そのためのパワーポイントファイルを作成。このためにoffice standard editon2003を大枚叩いて泣く泣く購入。4万ちょっとは高すぎる。友人は自分の仕事をした。合間合間にいろいろ助言をしてもらう。仕事が終わり、友人の家に招かれ、韓国から3キログラムまとめて買ったというサムギョプサル(三枚肉)をご馳走になる。おいしかった。その後友人と外に出て、近くの焼き鳥屋ではしご酒。

今日は、またまたその友人、お連れ合い、子ども、私、てっちゃんの5人でファミリーレストランで食事をした。連れ合いは用事があり外出中だった。てっちゃんはコーンスープを一皿平らげた。

食事の前にその友人に講義用のファイルを直してもらった上で、韓国語で予行演習を行った。OKをもらう。なんとかいけそうだ。

今日も朝から保育。てっちゃんが、服を入れた段ボールの端に両手をかけてつかまり立ちをしたのを初めて見た。すごくうれしくて、あわててビデオに収める。ハイハイはまだで這いずりが続いているが、しかしそれももう直ぐだろう。公園に散歩に行くたびに、よちよち歩きの子どもとそれを見守るお父さんの光景をよく目にするが、私も早くしてみたい。

 

2005.11.20


15日から19日まで韓国へ出張してきた。慶尚南道と京畿道を回る観光ツアー。海の幸、山の幸を満喫。お客さんもみな喜んでいた。仕事ではなかったが、旅の途中で遇った他の観光客と店の韓国人の間で韓国語↔英語の通訳も、短時間だがしてみた。ところで、アジア太平洋経済協力会議(APEC)がちょうど開かれていて、厳戒態勢だった。

韓国までの行き帰りの間、韓国の小説を読む。

5日ぶりに子どもの寝顔を見る。この間、下痢をよくしていたらしく、ちょっと心配。今、寝ている子どもの咳する声が聞こえた。明日は一日中保育。てっちゃん、一杯遊ぼうね。

 

2005.11.13


昨日は子どもの送りをした後NOVAで2レッスン受け、小説の翻訳をし、個人レッスンがあった。個人レッスンは受講生の仕事の都合で開始時間が延び、午後9時前に始めた。恐縮されていたが、仕事を抱えているのだから、遅れることがあるのは当然。待っている間、他の仕事ができたので全く問題なかった。

今日は朝から子守。近くの公園まで散歩。午前午後と離乳食を作る。軟飯を作ったが、あまり食べてくれなかった。それだけでなく、午後の食事は食べて1時間後ぐらいに全部吐いてしまった。咳と一緒だったのだろうか。赤ちゃんはよく吐くと育児書に書いてあったが、やはり慌てた。後始末をして部屋に戻ると、子どもがこちらを見てニコッと微笑んだ。調子がよくないはずなのに、どうしてこんなときに笑ってくれるんだよ、てっちゃん。うれしいやら、心配やら。

午後から軍事関係のボランティア翻訳。明日が締切。分量がワード10ページ分。夕食と入浴をはさんで正味5時間続けてへとへとになり、残りは明日することにして先ほど止めて、この日記を書いている。そしたら今、別の翻訳の催促の電話が来た。これもボランティアの仕事だがすっかり忘れていた。これも締切が明日。離乳食に力入れずに、既製品で済ませるべきだった……。

 

2005.11.11


子どもを保育所に送った後、NOVAで1レッスン受け、昼食を済ませて事務所で小説の翻訳。調子が良く6ページ進んだ。夜、個人レッスン。ハングルの読みをしている。前回より発音が良くなっている。

深夜、韓国人の友人と仕事の打ち合わせ。翻訳で分からない部分の質問をし、教えてもらう。持つべきものは友、である。家庭の話もする。友は日本語試験1級(最上級)なので、韓国語での会話がしばらくすると日本語になり、また韓国語、という具合に目まぐるしく変わる。傍から見ると変かもしれない。話は4時間以上に及び、喋る訓練にはなる。

最近は午前6時過ぎに起きて子どもの洗い物を洗濯し、朝ごはんを食べながらネットでKBSの前日の夜9時のニュースを途中まで見て、洗濯物を干し、8時過ぎに連れ合いが出勤するので子どもを見て、9時に保育所に連れて行き、事務所に行って、あるいは家で仕事をする、というのが朝の流れになっている。保育所に行く直前にうんこしているときは慌てに慌てる。

 

2005.11.9


シューレ大学で韓国語講座。第9課の過去形を学ぶ。音読、音読、音読だ。授業が終わりかけた頃、忘年会をしようという話が出る。

今日で子どもが9ヶ月。大きくなった。

 

2005.11.7


午後9時前に寝て3時間経った子どもが突然、咳をしながら転げまわった。それが30分ほど続き、そして再び静かに眠りに就いた。気管支系が弱いのだ。鼻も詰まりやすい。それで時々、両手で鼻を何度も強く擦る。私が長年してきた仕草だ。体質は父親のそれを受けついでしまったようだ。医者も以前、「お父さん、喘息だったでしょう」と子どもの診察のときに言っていた。子どもにごめんねとは言いたくない。軽度の小児喘息だった私は、幼児から小学校卒業の頃まで、息が詰まってこのまま死ぬんじゃないかという経験を何度もした。息苦しくて夜目覚めたことは数知れない。今から思うと、明らかに喘息の発作だった。それを今、まもなく九か月のてっちゃんがもう経験している。そう思うと、子どもに申し訳ない。子どもが寝静まったことを確認し、飲んではいけない酒を飲むしかない。体質はお母さんに似た方がよかった。

私の夢は、てっちゃんにお酌をしてもらいながら、二人で杯を交わすこと。私も父に酌をしたが、飲めるようになる前に父が死んだので、酌み交わすことが出来なかった。この、「酌み交わす」という行為をてっちゃんとしたいと思っている。あと20年、60過ぎまでがんばらねば。でも、一緒に飲めたら嬉しくて泣いてしまうかも。

今日、グループレッスン。皆さん善い方ばかりで、教える立場の私が何故かホッとしている。

韓国の小説の翻訳を合間を見つけてする。翻訳者としては邪道と言われるかもしれない。が、私のやり方はこれしかないと開き直っている。ノートパソコンを使うべきではない、翻訳作業の場所を一か所に決めるべしという翻訳の大家の随筆を読んだが、すべて反しながら、本を通じ原作者と対話している。

海外出張の準備をしていて、偶然、留学していたときに受け取った結婚前の連れ合いのメールを数年ぶりに読み返した。涙が出た。文字として残すことは大切だとしみじみ思った。

 

2005.11.5


予定していた個人レッスンが、受講生の体調が悪く延期になったので、今日は一日中翻訳。午前中はボランティアで、昼からは小説の和訳をした。夜10時前までかかって8ページ半だった。400字詰め原稿用紙で約18枚。分量が多すぎると思うが仕方がない。明日は全日子どもの保育でほとんど仕事が出来ないので、今日のうちに進めるだけ進もうと力が入った。家に帰るとくたくただ。

 

2005.11.4


昨日、韓国人ゲストの講演の通訳をした。労働運動関係の内容だった。

今日は、朝早くから事務所でいくつかボランティアの翻訳と韓国の小説の翻訳。後者は6ページの予定が3ページ半しか進まなかった。適当な訳が見つからないと、知っている単語でも辞書を引いて訳のヒントがないか探すので、どうしても時間が足りなくなってしまうのだ。

夜、sさんの個人レッスン。23課に入った。

 

2005.11.2


昨日子どもと病院に行ったら、ほとんど回復しているとのことで、薬の量も大分減った。漢方薬は風邪の予防にもなるからもうしばらく呑み続けた方がいいとのこと。うんちも普通の固さで、体力もほぼ元に戻った。

今日はいつもより早めに子どもを保育所に送り、午前中、海外出張に関する打ち合わせ。途中、韓国のクライアントとも電話で何度かやり取り。

八丁堀のさくら水産で500円定食を初めて食べたが、串揚げが油ギトギトで、お世辞にもうまいとはいえない。ただしご飯と味噌汁がお変わり自由だった。味噌汁のみおかわりをした。

午後、事務所で翻訳と掃除。夜、個人レッスンを事務所で初めてした。今日がレッスン初日だったが、発音が良く、すいすい進んだ。

肉体的な疲れがたまっている。

 

2005.10.31


子どもは突発性発疹だった。25日に熱が下がった後も下痢気味だったが、先週末ごろにはほぼ100%回復した。家でも保育所でも、ものすごい速さで這いずり回っている。最近は四つんばいの姿勢をしばらく保つことも出来るようになり、また、高いところにあるものに手を延ばしたりもする。とにかく、元気になってよかったね、てっちゃん。(チョルス?)

先週初めから韓国の小説の翻訳を本格的に始めた。面白い内容で、いま格闘中だが、韓国語の語彙のあま りの少なさと日本語能力の低さに愕然としている。締切は正月明けで、分量は190ページ余り。11-12月には韓国と中国への出張があるが、この機会を逃すと次はないと思い、実はえーいままよと清水寺の舞台から飛び降りるつもりで(後先考えず?)引き受けた。ただ、前日の睡眠時間が7時間あれば大丈夫だが、6時間前後だと起きた後の思考力ががたっと落ちる。気をつけよう。

そういえば、通訳ガイド試験を一昨年受けたときもなぜかちょうど会社の仕事 が週6日で残業無制限という、これ以上ない悪い条件だった。重なるときは重なるものだ。そう諦めている。

この一週間、韓作文添削、シューレ大学、個人レッスン、翻訳と、いろいろあった。

今日はグループレッスン。ハングルの読み方を勉強している。受講生のみなさんは韓国ドラマ・映画をよく見ているので、音の引き出しがとても豊富。これは韓国語学習にとってかけがえのない財産だ。金鉱の在り処が分かっていて、そこに辿り着くまでのトンネルを掘っているのだ。私も一緒にスコップを持って、掘り進んで行こうと思う。受講生の皆さんの、学ぶ姿は本当にすばらしく美しい。アルムダウォヨ。

 

2005.10.24


下がったと思った子どもの熱が朝また38度以上になり、今日も保育所を休んだ。連れ合いは無条件に職場に行かなければならず、自由業の私が見ることに。今日締切の韓訳の仕事を合間合間に進める。また、個人レッスンの予約が入っていたのだが、断りの電話を入れる。仕方ないとはいえ、申し訳ない。来週の予約を入れていただいた。すみません。

子どもの胸と背中に発疹が出たので、突発性発疹ではないかと思う。熱は、昼には安全圏の37.3度に下がり、それが夜寝るまで続いたのでちょっと安心。食欲もある。昼には突発性発疹のサインである下痢もした。ただ、午後3時からずっと睡眠モード。途中起こして夕食を食べたが、食べ終わるとすぐにゴロン。夕べ何度も起きたのが堪えたのか。

韓訳の仕事は、昨日遅くネイティヴチェックが上がり、それを基に、印刷した上で再度校正を入れ、最後に音読みしてチェックし、締切時間の2時間弱前になんとか納品した。文字数を数えたら、苦労した割に少なく、ショック。横文字の韓国語表記が難解で時間が結構かかった。しかし、勉強になった。

 

2005.10.23


昨日から今日にかけてkさんから紹介してもらった韓訳の仕事。一旦仕上げて、ネイティヴチェックの返りを待っている。広告だが、外来語が多くて、調べるのに時間がかかった。

子どもの熱が4日ぶりに平熱に下がった。ホッとする。よかった!昨日まで3日間38-39度の熱が続いた。食欲はあり、ぐったりもしていなかったので大丈夫だとは思ったが、温度計を見るたびにぞっとした。悪いことが起こるのではないかと心配で仕方なかった。昨日は保育所を休み、夕方まで子どもを見て、夜、出張で出かけ、今日の夕方戻ってきたのだが、一安心だ。これだけ高熱が続いたのは初めてで、子どももとてもつらかったことだろう。

 

2005.10.21


昨日から上がった子どもの熱が今日も38度を上回っているので、保育所は休み。家で離乳食を作ったり、おむつを洗ったりする。融通がある程度きく自由業をしていてよかった。

昨日夜、某出版社社長、韓国現代史研究者などと会い、小説の翻訳の話をする。幸い合意に達し、もう一人の翻訳者fさんと共同で翻訳作業を始めることになった。完成すれば、初めての翻訳本になる。月並みだが、期待と不安で一杯。調子に乗り、話の後の二次会でべらべらしゃべり、そして飲みすぎた。

一昨日、韓作文添削を一挙に仕上げる。

通訳・翻訳の仕方について韓国語で(!)話をする仕事を請けた。脚本を作って練習する必要がある。これも期待と不安で一杯。

 

2005.10.17


ここ数日、雨が続いている。洗濯物が乾かない。

それでも洗濯をし、室内に干す。最近、朝食をとりながら前日放映された韓国KBS9時のニュースをインターネットで見ているが、今日もそうした。9時前、雨合羽を着た哲寿を保育所に連れて行く。薬を忘れたので、家に取りに帰り、保育所に届ける。10時前にNOVAに行き、3レッスン。昼の手製焼肉弁当を食べて、午後移動し、グループレッスン。ハングルの読み方の練習。2週間空いたが、着実に力がついている。学ぶ姿は美しい。熱意があるから、必ず上達する。

その後、事務所に移動し、英語の勉強。

 

2005.10.15


13日、喫茶店で体験レッスン。早速予約を入れていただいた。ありがたいことだ。

ここ数日、韓国の小説を、少しずつだが詳細に再読している。

15日、個人レッスン。ハッピー・バースディ・トゥ・ユーの歌が韓国では韓国語で歌われていることに受講生のkさんが衝撃を受けた模様。確かに韓国では英語でではなく、♪誕生日おめでとう/誕生日おめでとう/大好きな○○さん/誕生日おめでとう♪と韓国語で歌うのだ。聞き取り問題の回答は完璧で、実力が着実についている。

 

2005.10.12


昨日、朝から講演会の通訳で出張。東京駅で韓国人ゲスト及び同行者と合流し、新幹線及び乗り継ぎで青森県十和田市へ行った。日本と韓国の農民同士の交流と講演。昼過ぎに到着し、りんご園、養鶏場などを見学。野菜の単語がすぐ出てこずに冷や汗たらたら。長芋の韓国語が出てこなかった。

夜、講演会。講演と質疑応答も無事終了。二次会で主催者から、「何を言っているのか分からない通訳が多いけど、今日は内容がよく分かった。ご苦労様」といわれる。こちらこそ、大変勉強になった。

二次会が終わり、ホテルに戻って、NHKBSのホワイトハウスを見るが、あまり聞き取れず、また疲れており、すぐ寝た。

今朝、秋田に向かう韓国人ゲスト及び同行者と三沢駅で別れる。ゲストとは行き帰りの車中でいろいろ話ができ、ためになった。三沢から普通列車で八戸駅へ。同駅発東京行き新幹線の出発時刻まで40分ほど時間があったので、外に出て弁当屋を探すが、ないので仕方なく駅前のローソンに入り、がっかりしつつカツカレー弁当500円を買い、駅に戻った。

約3時間で上野に到着。階段を駆け足で上がり、電車を乗り継いでシューレ大学に行く。30分ほど遅れて授業を始めた。受講生はなじみの面々。いろいろな意味で、この授業がとても気に入っている。大切な人たち、大切な時間だ。

授業が終わり、事務所へ移動。メールチェックと英語の音読。小腹が空き、近くの総菜屋で揚物を買い、食べる。夜、個人レッスン。チケット15回分が前回で終わり、新たにチケットを購入していただく。現在1級の20課をしている。1回1課の速度だ。学習能力が高いので、はやい。

帰宅し、台所周りとガスレンジの片付けと掃除。家事における自分の杜撰さなど、いろいろ考えることがあった。

 

2005.10.9


今日で子どもが8ヶ月になった。

家族全員が朝から外出する予定だったが、子どもに熱があったので、てっちゃんの子守。はいずりが速い速い。声を出しながらずんずん進む。怖いものなし。それから紙が大好きで、すぐ口に入れようとするので、よく見ていないと大変。0歳児用の絵本を読み聞かせた。

子どもは夜9時前後に寝て、朝5-6時ごろ起きる。ミルクは4時間おきに飲む。午前と午後に1-2時間寝るのが習慣だ。

寝ている間に韓国語教科書(2級用)の音読。

サイトを通じて体験レッスン申し込みのメールをいただく。早速返事のメールを書いて送った。また、韓国語レッスンのページ内容を増補した。

 

2005.10.8


昨夜遅く、韓国人の友人と飲んだ。今後したい仕事、抱えている問題など話す。外国生活は嫌でもストレスが溜まる。彼の話を聞き、差別のひどさを実感。最後は公園で一緒に泣いてしまった。

 

2005.10.7


先月のてっちゃん(またはチョルス)。

 

2005.10.6


昨日、先輩、出版社社長と翻訳出版について三人で話す。その後居酒屋で乾杯した。面白い話題がたくさん聞くことができた。

連れ合いに翻訳の件について話すと「なぜ今するのか、信じられない」と怒られた。

その韓国の小説を本日読了。胸に沁みた。翻訳したい気持ちが高まる。

作業を終えて帰宅すると、哲寿と連れ合いがお風呂に入っていた。哲寿に服を着せて寝かせる。

 

2005.10.4


韓国の小説を全380ページのうち249ページまで読んだ。後まだ131ページもある……。一部和訳をしてみた。

数日前の今月1日、新宿の某量販店で電子辞書を買った。casioのEX-word dataplus2だ。4万近くした。プライム韓日・日韓が入っている。広辞苑や英和・和英、百科事典も入っているので便利。メトロよりは収録語数が多い。しかし、それでも翻訳には十分でない。ネット検索を併用している。韓国に今度行ったときに、韓国の国語辞典や類語辞典、ことわざ辞典や慣用句辞典などが入っている辞書があれば買いたい。でも、ネット検索は必要だろう。

子どもを風呂に入れたとき、動き回って大変だった。力も日に日に強くなっている。今のうちから仲良しになっておこう。

 

2005.10.3


韓国語レッスン、3人コースの2回目。ハングルの読み方を勉強。韓国語学習の壁の一つだが、これを乗り越えるとある程度まですいすい行ける。3人の受講生のみなさんは「韓国語をマスターしたい」という熱い気持ちをもっている。大丈夫だ。

最近、韓国の小説を読んでいる。やっと半分を越えた。1時間で15ページ前後の速度。だが面白い。半世紀近く前の朝鮮半島を描いている。作家の心意気が伝わってくる。

哲寿は最近、保育所で動き回っているようだ。初めての歯が下の歯茎に先端だけ見えている。なんでも口に咥える。好奇心も旺盛で、同時に飽き易い(私と同じだ……。顔も私に似ているとよく言われる)。夕方、掛かりつけの病院にいき、診てもらう。待っている間、他の子どもの動きを見てキャッキャ笑った。人見知りが今のところない。誘拐されやすいのではないかとあらぬ心配。

てっちゃん(と家でも保育所でも普段呼んでいる)は、宝です。

 

2005.10.1


銀座で個人レッスン。受講生kさんの聞き取り能力が相当上がっていたのに驚く。週1回のレッスンでも着実に能力が伸びていく。

レッスン終了後、韓国人の友人2人と飲む。約4時間、あれこれ話す。

 

2005.9.28


朝、洗濯し、時間がないので冷凍食品を食べて(もちろん温めてから)、9時過ぎに子どもを保育所に送る。37.1度と少し熱があり、心配。家に戻り、英語の音読、メールチェック、韓訳ボランティアの仕事を片付け、何本かの仕事関連の電話に対応。最近、仕事過多だ。先日、通訳で京都や福岡に行ったときの方がよっぽど自然に親しみ、休息を取れた気がする。それはさておき、うどんをつくってかき込み、12時過ぎ、仕事先に向かった。

1時間弱の電車の中で高校英語参考書の例文の口パク練習。知らなかった構文が大分ある。60ならぬ40過ぎの手習いだ。途中で疲れて寝る。そういえば先日出張で韓国のソウルに行ったら、地下鉄の中で寝ている人がいるのに驚いた。5年前に留学したときは、居眠りしている人は一人も見たことがなかったのだが。

シューレ大学で2時間の韓国語講座。受講生はkくん、tくん、sさんの3人。教える立場からはちょうどいい人数だ。テキストは個人レッスンと同じソウル大学語学研究所(現「語学教育院」)の韓国語1を使っている。途中、韓国語の歌もうたった。質問もよく出て、会話練習も長く続く。「やかん」や「家主」の韓国語がすぐ出てこず焦ったが、1年以上も継続している受講生の(ときどきあくびも出るが)真摯な態度に、いつも励まされる。

講座が終って地下鉄の駅に向かう途中で保育所からの着信に気づく。電話すると、熱が出たので迎えに来てくれとのこと。1時間後に到着。子どもは思いのほか元気そうに見えたが、体温は38度。家に帰って支度をし、掛かりつけの小児科の病院に行き、見てもらった。「風邪でしょう」とのこと。抗生物質の薬を出すと聞いて緊張した。大丈夫? ともかく、薬局で薬をもらい、家に戻る。18時過ぎ、帰宅した連れ合いと交代し、個人レッスン受講生のsさんに遅刻するとの電話を入れ、今日第二の仕事場に向かった。

ファミレスで1時間半のレッスン。音読中心だ。受講生のsさんは、2級の教科書を使ってもいいほどだ。しかし、あえて、復習もかねて1級の最初から始めた。現在、全30課のうち19課まで進んだ。レッスン1回で1課を修了する速度だ。驚くべき速さだ。

私が留学したときは、3ヶ月が1学期で、全6級を終了するのに1年半かかった。級当たりの必要時間は200時限、1日4時間×50日間=実質約2ヵ月半だった。ソウル大の場合、1クラスの生徒数は常に10人を超え、多いときは15人もいた(多すぎる!)。当然、先生から当てられたり、しゃべる時間は極めて限られていた。授業は1日9:00-13:00の4時限(50分×4=200分)で月-金の5日間だったが、人数で割ると、声を出す時間は1日30分前後でしかなかったことになる。テキストの「韓国語1」を修了するための経費は、生活費を含め、3ヶ月で約30万だった。一方、りんどうむくげの個人レッスンの場合、順調に行けば約10万円で修了となる。三分の一だ。

外国語学習の基本は、そして習得の最善の方法は、音読である。声に出して自分の耳で聞くことだ。音読を基準に考えれば、いま私が携わっている個人レッスン、とくに1対1は、私の留学生活の3日分、費用で言えば約1万円に値する(ちなみに個人レッスン料は1回3300円)。

しかも、韓国語のシャワーを浴びるという点では、韓国の映画あるいはドラマの素材を充分に活用すれば、韓国留学と日本で学習することの間に差はほとんど無いといえるだろう。実を言えば、留学して間もない頃の私は、韓国人の友人と酒を飲むときだけ韓国語のシャワーを浴びていた。先生から奨められてラジオもつけていたが、初級のうちはほとんど聞き取れないから集中できなかった。したがって、量的に見れば、現在の韓国の映画やドラマのファン(すなわち、個人レッスンの受講生のみなさん)と比べれば比較にならないほど足りなかったのである。

だが、韓国語のシャワーを浴びるだけでは、しゃべられるようにはならない。聞くだけでは、口の筋肉は鍛えられないからだ。

韓国語を話せるようになるためにはどうすればいいか? 口の筋肉を鍛える必要がある。

口の筋肉を鍛えるためにはどうすればいいか? しゃべりまくることである。音読することである。

日本にいながら、韓国語の話し手になることは全く可能だ。

では、そのためにはどうしたらいいか? 

教室あるいは個人レッスンでとにかく声に出す(声に出した分だけうまくなる)、映画やドラマをたくさん見て韓国語シャワーを浴びる。語学留学の基本は、実はこの二つなのだ。韓流のおかげで条件は最高にいい。教室や個人レッスンは竹の子のように増え、また、映画・ドラマのビデオ・DVDはレンタルビデオ店に山のようにある。私が留学する前は、「アジア映画」という棚に、香港映画のつけたしであった程度だったが、状況は一変した。

家庭でのお金のかからない学習法があるので紹介する。韓国ドラマを日本語音声で見る。同時に録画する。次に、時間ができたときに、副音声の韓国語で聞いて、意味は分からなくても、生セリフを堪能する(これが、韓国語のシャワーを浴びるということ)。続いて、録画を回しながら、生セリフを一緒に約1時間声に出して(役になり切って)重ねて言ってみる。特に好きな俳優のセリフは繰り返し声に出し、味わい、どういう気持ちでそのセリフを吐いたのかまで考えてみる。分からなかった点は、間違ってもいいから書き取り、個人レッスンのときに質問する。

余裕があれば、借りたDVDを使って、まず日本語字幕で内容を理解する。次に韓国語(字幕があれが尚可)でみる。最後に重ねるようにして声を出す。400円前後で4-5時間、みっちり韓国語の勉強ができる。中級以上の学習法だが、たとえ初級であっても、大変だが、挑戦する価値はある。

文法と音読。これが外国語学習の鍵なのだ。

以前留学したとき、海外で育った韓国人・朝鮮人が同じクラスにいつも数名いた。韓国語は、当たり前だが流暢だ。だが、文法をそれとして学ぶ機会がなかったので、別の言い方をすれば、基礎を固めるために、わざわざ留学してきたのだ。

正直に言おう。今日は、酒の杯を傾けながら書いた。この日記はしらふで書くことを原則にしていたので(ということ自体が酒飲みだという証明になるが)、今日はというか、29日になってしまっているが、例外である。ご容赦を乞う。

 

2005.9.26


今日はインターネットを通じて申し込みのあった方々との個人レッスン初日。生徒さんは三人。kさん、nさん、yさんともにとても熱心で、気持ちが伝わってくる。こちらも気合が入る。あいうえお表に模したハングル表を使いながら、発音を一つ一つ確認していった。地道に続けていけば必ず上達する、ということを話した。

レッスンの帰りに旅行代理店に寄り、11月の韓国出張の手配をする。昨夜はパソコンと数時間にらめっこした。格安チケットの確保は時間が思いのほかかかる。返って他の仕事をした方がいい気もする。

保育所に迎えに行くと子どもがニコニコ。母乳とミルクを飲み、風呂に入った後、ベッドの中で走る格好で寝入った。どこに行く夢を見ているのだろうか。

 

2005.9.24


22日から2泊3日で韓国に出張し、今日帰宅した。日本と韓国の学生による国際交流の通訳。知り合いから頼まれたボランティアの仕事だ。ソウル市内の大学でいろいろな議論になった。日韓双方とも喜んでいた。昨夜は交流会で酒が入り、調子に乗って韓国語で冗談を連発したら受けた。少々飲みすぎた。今日の昼は、大好きなカルグクス(手打ちうどん)を味わった。

 

2005.9.20


韓訳の仕事を一つ片付け、韓作文添削をする。ワードの「チェック/コメント」機能は便利だ。明日は久しぶりにシューレ大学で韓国語の授業。

 

2005.9.19


一昨日、個人レッスン。夜、韓国映画『誰にも秘密はある』をCDビデオで見る。他愛もない筋立てだが、イビョンホンはこういうコメディーが似合う。

昨夜、韓国人の友人と家族同士で夕食をともにする。韓国料理屋で焼肉を食べる。彼は来年韓国で初めての本を出版する予定。契約でいろいろ苦労していたが、最近ようやく決着した。百歳酒を飲みながら話になった。韓国で売れて、日本で翻訳本を出すことになったら、和訳を任せると言う。ベストセラーになってほしい。

今日は一日哲寿と一緒。はいずりであちこち動き回る。雑誌をちぎって口に入れていたので慌てた。今、昼寝をしている。最近、親の顔が見えないと泣き出す。

 

2005.9.16


5日間の通訳が無事終わる。韓国のゲストが京都・大阪・広島・福岡で講演し、今日帰国した。途中、ゲストが体調を崩し、どうなることかと心配したが、幸いからだの調子も徐々に回復した。京都では比叡山の裾野に行き、川を眺めながら休みを取った。大阪では日雇い労働者の街・西成に行く。広島では原爆資料館を見学。福岡では福岡タワーに登り、海岸で寝そべり、おしゃべりをした。「集中するときは集中し、休むときはしっかり休む。これが長く続けるこつ」「疲れたときは自然の中に身を置くとストレスが取れる」という話は参考になった。講演会の後の二次会でも酒はほどほどにしたのがよかったのか、途中でスタミナ切れにはならなかった。栄養ドリンクの効果もあったかもしれない。

哲寿の迎えに保育所へ行く。5日ぶりに顔を見る。しかし、子どもはそ知らぬ顔。寂しい。

 

2005.9.11


昨日、個人レッスンが3コマあった。生徒の皆さんはまじめで、着実に上達している。

本日、朝から子どもの保育。これまで便秘気味だったが、今日は朝夕と2回うんこが出て、ホッとする。しかし夕方、1時間ほど大泣き。母親が外出していなかったためだろうか。夜、テレビを見ると選挙速報をやっていた。テレビ局は押しなべて「自民党の歴史大勝」と報じていた。日韓関係が今後どうなるか、それが心配だ。仕事に直接響く問題である。映画『四月の雪』がどうなるかも気になる。

明日から5日間、通訳で出張。それで今日、栄養ドリンクを20本買ってきた。といっても、飲むのは1日1本だが。

 

2005.9.7


一昨日、個人レッスンの体験授業を行う。名前をハングルで書いてもらったり、母音の発音などを練習する。気に入っていただけたようで、個人レッスンを始めることになった。早速予約を入れていただいた。帰宅後、翻訳の仕事が入り、短かったので直ちに仕上げる。このホームページの「事業者概要」が数日前から真っ白になっている。ジオシティーズの技術的問題なのだろうが、これはまずいと思い、サーバーと契約をする。

昨日、韓作文添削の提出文が送られてくる。技術翻訳の仕事の依頼もあった。

今日、技術翻訳の一次訳を終え、韓国人の仕事仲間にチェックを頼む。原稿が上がり、電話で何度かやり取りして最終チェックを終え、完成。直ちに納品。

来週と再来週は通訳で出張だ。

 

2005.9.2


最近、通訳ガイド試験のときに使った参考書を1日1時間程度音読している。日本語を学習する韓国人のためのもので、日韓対訳になっている。韓国に出張したときに買ったものだ。韓国の出版社が出したものなので、時々日本語の表現で間違ったものがあるが、韓国語の文章の誤植は少ないはずである(が、たまにある)。

今年も残すところあと4ヶ月。海外出張は3回ほどある予定だ。今日はその下調べに追われた。

 

2005.8.31


29日から慣らし保育に入った哲寿が、今日から本格的に保育園に通うことになった。基本的に、送りは私で、迎えは連れ合いがすることになった。第二子もほしいが、何時できることやら。今日で8月も終わりだ。猛暑の去年に比べると夜は涼しい。仕事が一段落したので、英語学習を再開した。

 

2005.8.28


昨日、今日の2日間、京都に出張し、通訳をする。通訳者2人体制で、日→韓を担当。ウィスパー通訳が続いたので、かなり応えた。

韓国語レッスンの申し込みメールを一昨日受け取る。google広告を見た方からだ。

NHK英語番組の講師のほとんどが日本語を母語とする人だ。なぜネイティヴでないのか。外国語学習の特に初期段階では、ポイントをきちんと押さえる必要がある。そのためには、日本語での説明が不可欠なのだ。韓国語学習も同じ。韓国人講師の多くは、おそらく、日本語母語者が韓国語の勉強をどのようにすすめるのがいいのか、また、間違いやすい所やつまづきがちな点が何かが分からないまま、授業を進めることになる。したがって、発音はネイティヴだから当然いいだろうが(ただし方言がある場合もあるし、皆が皆正しい発音を100%しているわけでもない)、基礎を積み重ねる上でネイティヴの講師が最適であると断言はできないのである。それは、留学して韓国人講師の授業を2年間受け続けた私自身の経験からも言えることだ。理解があいまいな個所や文法事項は日本語で書かれた文法書や参考書を見て初めて納得が行った。よほどの上級者でない限り、概念把握は母語を通じて行う必要がある。

 

2005.8.25


昨日、映画ビデオCD『僕の彼女を紹介します』を途中まで見る。ハチャメチャすぎる。

同じく、昨日、事務所で韓作文添削をする。ワードの変更履歴機能を使ったら、いつもの約半分の時間で済んだ。校正用のツールだが、これはいい。もっと早く知っておけばよかった。夜眠れず、パソコンに向かい、仕上げて本日未明に納品。

6カ月前後の哲寿の写真。

               哲寿6カ月ごろ

 

2005.8.23


映画『公共の敵2』をCDビデオで見る。今一つだった。

 

2005.8.22


20-21日、韓国の中学校の先生が行う講演の通訳が無事終了。講演は逐次で、他の発言者の発言はウイスパーで通訳した。二日ともに二次会もあったので、一日実質13時間労働ぐらいか。くたくたになった。本日朝、空港まで一緒に行く。いい交流ができた、とゲストに喜ばれ、こちらも笑顔で見送った。帰宅し、子どもの顔を見ながら寝る。次回から、栄養ドリンクが必要だ。

中旬に行った韓国ツアーの同行通訳では、烏頭山(オドゥサン)統一展望台と天安(チョナン)の独立記念館及び柳寛順(ユ・グァンスン)記念館を訪れた。連日35度。韓国は蒸し暑かった。統一展望台では本数の少ない帰りのバスを1時間ほど待った。

 

2005.8.20


現在の時刻は午前1時。

14日、ネイティブチェックと翻訳の仕事をギリギリ終え、同行通訳者として韓国に一週間出張し、昨夜帰宅した。クライアントの反応は上々だった。準備や連絡など、苦労した甲斐がある。

休む暇もなく、今日から2日間、今度は訪日する韓国ゲストの講演通訳。昨日帰国したのだが、ゲストも同じ便に乗り、夜は講演会主催者を交えてお酒を飲みながら日程などの打ち合わせ。

 

2005.8.10


自宅でネイティブチェックの仕事。なかなか終わらない。明後日締切の翻訳の仕事も入っているので焦る。

 

2005.8.7


一昨日(5日)はもうすぐ6ヶ月になる哲寿の面倒を見る。夜9時ごろ寝かしつけたが、疲れてその後何もできなかった。

昨日(6日)、個人レッスンとネイティブチェックの仕事。個人レッスンは、後半パソコンを使って授業。ネイティブチェックは事務所で第一次校正が何とか終了。帰りは午前様。話は違うが、新聞に載っていた男性の更年期障害のチェック事項がすべて○だった。

昨日は米軍が広島に原爆を投下した日。大学に入学したばかりの18の春、原爆資料館を初めて訪れた時の衝撃は今も忘れられない。戦争は嫌だ、とその時思った。

本日未明、緊張感が続いたためか、午前3時過ぎに哲寿にミルクを飲ませてから眠れなくなり、ネイティブチェック第二次校正をパソコン上で行う。修正個所がものすごく多く、時間が思いのほかかかる。

最近、作業中にかける音楽として「ベストブルーノート100」が気に入っている。今も聞いている。ジャズのよさにようやく気がついた。ジャズはすべてポジティブ思考なのだ。クラシックより気が乗る。しかしバロック音楽もポジティブ思考という感じがするので、よく聞いている。マイナー調の曲もどこか明るさが残っているような気がするのだ。

今日も哲寿の子守。6:00に洗濯をはじめ、20:30までノンストップジェットコースタームービー、という感じで哲寿にかかりきり。連れ合いが夜帰宅し、しばらくして1時間ほど畳の上で寝る。それからネイティブチェック作業の続き。独立事業者に土日はないことを改めて確認。

数日前図書館で作業したときに電子辞書を盗まれたことに気づく。恩人の在日の先輩から留学終了祝いとして4年前にいただいたものだ。落胆した。が、気を取り直し、昨日個人レッスン終了後量販店に行き、どんなものがあるか見てきた。数年前まで日本になかった韓国語辞書が2種も展示されていた。嬉しかった。

9月初めに予定していた数日間の通訳の仕事がほぼキャンセルになった。国際協定に関する講演会なのだが、主催者が衆院解散-総選挙間違いなし情勢ゆえに動けなくなったとのこと。

 

 

2005.8.4


地域の図書館でネイティブチェックの仕事。涼しくて、他人の目もあり、捗る捗る。早めにノルマを達成できた。添削や下訳には打って付けだ。帰りに翻訳・通訳関係の本を4冊借りた。

誕生日のプレゼントとして連れ合いに財布を買ってもらった。

 

2005.8.3


今月下旬にある懇談会の招請ゲストから返答が午前0時代にやっときた。遅すぎるっ! ここ数日胃が痛いの何の。とにかくボールは韓国側に投げられたので、一安心ではある。

 

2005.8.2


朝から(といってもおしめの洗濯などあれこれあって結局11:00出勤)事務所で仕事。事務処理に追われる。ネイティヴチェックの仕事はほとんどできなかった。ちなみにネイティヴチェックは添削と同じである。事務所はエアコンはないが窓が東と南にあり風通しがよく、仕事に支障はない。

今月下旬にある懇談会で通訳をする予定だが、招請の仕事もしている。ところが、招請ゲストから返答がなく、ストレスが溜まっている。メールは20通以上出している。だが、いろいろ手を尽くしたがなしのつぶてなので、奥の手を使うことに。

夕方、ファミリーレストランで個人レッスン。テープを使った発音練習やノートパソコンでの鑑賞をしている。これらができるのは発見だ。受講生のSさんも熱心で抑揚がきれいだ。聞き取り能力が極めて高い。

データベース作成関連の仕事で連絡のやりとり。

昨日(1日)は終日保育。夕方一緒に外出し、それまでおとなしかった哲寿が帰宅した途端に大汗をかきながら大泣き。てっちゃん、ごめんね。

ここ数日、子どもが私の顔を見てよく笑ってくれる。うれしい。高い高いをするととても喜ぶ。

 

2005.7.30


昨日(29日)、通訳をする。韓国人ゲストとはとてもいい関係で仕事ができた。だが、日本側担当者の対応が良くなかった。慣れていないからだろうが、通訳以外の仕事を押し付けてきた。仕事が終了した後、あいさつをしようと思ったら、何も言わずに帰ってしまっていた。愕然とする。

来月の通訳の依頼の電話が入った。

今日(30日)、英語↔日本語の通訳をする。経済の専門用語が頻出し、また事前にペーパーを見ていなかったので聞き返しと聞き漏らしがかなりあった。おまけに室内温度が相当高かった。が、以前学習したことのある内容だったので、趣旨は外さなかったようだ。クライアントの評価もおしなべて悪くなかったのが救いである。

二日続けての韓国語・英語の通訳は初めてで疲れた。しかし、勉強になった。これでひとまず山は越えた。NOVA通いを復活させようか。

 

2005.7.28


久しぶりに事務所で仕事。事務処理が中心。韓国にメールを数通送る。

午後、個人レッスン。ノートパソコンと脚本を使った。この方法は実力がつく。

夜、時間ができたので、家族で足立の花火大会を見物。墨田の花火大会も見たいが、時間がない。

 

2005.7.24


弟は無事だった。よかった。朝、連絡が入った。昨日は携帯を家に置いて外出したのだった。

日曜だが、独立業者に定休日無し。韓作文添削を終え、納品。金額的に割に合うとはとても言えないし、時間が結構かかる。しかし、勉強になるので続けている。受講生の熱意も刺激になる。同じ韓国語学習者としてできることをしてあげたいという気持ちもある。要するに、不満はあるがそれなりに満足感もある、ということか。

しかし、添削と保育が平行したのでてんやわんやだった。今、哲寿は頭に大汗かきながらぐっすり眠っている。汗をぬぐってもしばらくするとぐっしょりだ。夕方、ミルクを240cc飲んだ後(すごい量!)、1時間ほど大泣きした。

今週も忙しい。韓国語レッスン、情報整理の仕事の面接、韓国ゲストの通訳、それに英語の通訳(ボランティア)まである。通訳の準備で、久しぶりにハンギョレ新聞の社説を音読する。初めて見る語彙と表現が結構ある。日々勉強が必要だ。

 

2005.7.23


昼、昨日電話で依頼を受けた韓訳の仕事をする。締切が明後日。急ぎの仕事だ。一旦仕上げてネイティヴチェックに回す。持つべきものは韓国人の友人である。

去年の今頃に比べて若干仕事が増えている。ありがたいことだ。

銀座のビル8階で個人レッスンをしている最中に地震が発生し、揺れに揺れた。掛け金具が曲がったホワイトボードや書類が落下し、シュレッダーが倒れた。生徒さんと急いで机の下に避難。しばらくして収まったが、余震が続き、気味が悪いので近くの喫茶店に移動して再開。「日本はどうなっちゃうのでしょう?」と生徒さん。ほんと、どうなってしまうのだろう.....イギリスの次は日本ではないか、と悪い予感がする。

レッスンが終わり、駅に行くと、地震の影響で運転見合わせの放送。地下鉄の駅も同じだった。仕方なく、英語のCDを聞き音読しながら東京駅まで歩く。そこで、一部の地下鉄が運転再開したとの放送を聴き、最寄の駅まで歩いた。

帰宅後、ネイティヴチェック済み原稿がメールに入っていたので、パソコン画面上で校正。印刷して音読しながらの駄目押し校正をして納品。やはり紙で見ないと。思ったより早く終わった。

母に電話を掛ける。弟が電話に出ない、と心配していた。ニュースでは死者の発表はなかったから、悪くても病院だ。とても心配である。私が中2のときに演習中に事故で死んだ、自衛官だった父のように、人間いつ死ぬか分からないからだ。

と気になりつつも、続いて韓作文添削。ジャズやベートーベンを聴きながらすすめる。今24日午前2時半だが、時間がかかり、半分強残っている。全部終えるつもりだったが、体力の限界。締切までまだ数日ある。もう寝よう。

 

2005.7.19


16日に校正をして翻訳を納品。同夜、関西に出張。

2日間の日程を終え、本日朝、出張から戻る。

シューレ大学の学生のK君から「楽しく勉強できた」とメールが来る。先週の授業で一区切りで、韓国語授業は夏休みに入ったからだ。9月に再開の予定。私も楽しく学べた、と返事を出す。

以前勤めていた会社から仕事紹介の電話が入る。いろいろ心配してくれているのだ。ありがたい。いろいろな人に支えられて生きている。

 

2005.7.15


今日は久しぶりに晴れて、暑かった。膨大な翻訳の仕事がほぼ終わった。まだ校正が少し残っているが。締切は明後日だが、明日には上がるだろう。本日、昼は自宅で、夜は個人レッスンの後事務所で作業。最終電車で帰宅した。自宅近くのコンビニでビールを買い、シャワーの後飲んだが、まずい。内臓が弱っているのだろうか。

昨日は韓国旅行の同行通訳の打ち合わせをした。

 

2005.7.9


今日、息子のチョルスが5ヶ月目になる。

DVD「スパイ イチョルチン」を見る。傑作だ。

 

2005.7.8


3日からA4で数十ページの翻訳作業中。IT関連の特許翻訳。全体の3分の2ほどまで進んだ。昨日は風邪を押して自宅で作業。にんにくのおかげだろうか、今朝になって大分回復した。体力勝負だ。

 

2005.7.1


今日から2005年下半期。早くも6ヶ月が過ぎたのだ。

ここ一週間の仕事の疲れが溜まっている。

夕方、先輩のkさんと翻訳の打ち合わせ。分量が相当ある。お茶代をおごってもらった上にお土産まで買ってもらう。

夜、個人レッスン。11-12課。電話のかけ方だ。受講しているsさんは、本文をすらすら読み、発音もきれいだ。

今日は母の誕生日。電話をかける。元気そうだった。

 

2005.6.30


韓国企業の通訳が無事終了。正直、ホッとしている。企業の通訳は初めてだったからだ。

今回の研修をコーディネートした韓国人から、新橋の1000円焼肉食べ放題の店で肉を焼きながら、お世辞を並べられた。「発音がほとんど韓国人とおなじです」(そうかなあ……)「話している韓国語はソウルの言葉ですね」(ソウルで韓国語を勉強したから……)「韓国人でも分からない内容をあれだけ通訳できるとは」(私も随分聞きなおしたのだが……)と持ち上げられる。

日本人特有の抑揚からなかなか抜け出せず、留学時も今も友人がソウル在住者しかいない。それに、内容についてもともと関心のある分野だったから先読みがある程度できた。

褒められてうれしいと感じない人はいない。だが、正直、聞き取れず、聞き返して確認した個所もある。自己の韓国語能力が今どれぐらいなのか、についても自分なりの判断がある。まだまだ足りない。

結論。勉強を続けるべし。

 

2005.6.29


通訳は肉体労働だ。体力勝負である。

26日より研修で来日した韓国企業に同行。大学教授のセミナーや日本企業訪問を通訳している。昨日は東海地方のホテルに泊まったが、窓を開けたら蚊が大量に入ってきた。一旦寝たが、刺されて目が覚め、結局午前3時ごろまで眠れなかった。壁を見ると潰された蚊が何匹か張り付いていた。今朝早く入った「温泉」も循環で、フロントの対応も今二つほどだった。部屋のテレビも壊れていた。眠れないので、「レッツスピーク」の音読を数時間した。通訳で声がかすれつつあるのによくやるものだと自分でもあきれた。

 

2005.6.26


一昨日(24日)、東海地方に出張。講演会の通訳。二次会にも参加。

昨日(25日)、東京で講演会の通訳。他の発言者のときはウィスパリング(ゲストの横または後ろに座り、小さな声で同時通訳)。三次会まで参加。帰ったのは今日の午前1時過ぎ。午前中もゲストを接待したので、約20時間、韓国語で思考し、韓国でしゃべり、日↔韓の通訳をし、大変疲れた。精神労働は決して楽ではない。

 

2005.6.22


事務所で添削の仕事。今月分を仕上げ、メールで納品。かなりの水準の受講生から「仕事のとり方を教えてください」という質問があった。私がしたい質問だったが、「翻訳だけで食べるのは大変なので、通訳や韓国語教室講師などありとあらゆる仕事に取り組む必要がある」「資格も大事だし勉強にもなるので、通訳案内業資格試験を受けてみてはどうか」「若ければ社内翻訳の派遣社員をしながら技術を磨く手もある」、と答える。

昨夜、高校のときの先輩から電話があった。ビックリしたが、先輩たちの声が変わっておらず、懐かしかった。

昨年6月18日に独立事業者として仕事を始めてから1年が経ったことにふと気づく。

明後日24日から連続8日間、通訳の仕事。途中、英語レッスン講師も1日入っている。中学英語は侮れない。これがすらすら出て表現できるようになればたいしたものだが、そうなるまでが実に大変だ。

 

2005.6.19


通訳二日目、神奈川県に行く。無事終了。講演は好評だった。二次会に付き合う。話に花が咲き、韓日・日韓の通訳のため、ほとんど食事が取れなかった。夜11時過ぎ帰宅。うどんを食す。

 

2005.6.18


資料は何とか全部読んで韓国のゲストを出迎えた。講演の通訳だったが、忠清道方言があり、冷や汗たらたらの場面もあった。

 

2005.6.17


個人レッスン。喫茶店やファミリーレストランでもテープ学習ができることを確認し、繰り返しやオーバーラッピング、シャドーイングを早速行う。効果がある。テープ学習と音読を組み合わせれば、かなりのところまでいけそうという感触を得た。

事務所にパソコンを設置し電源を入れる。ADSLがなんだか遅い。

明日・明後日は通訳。独立事業者に土日はない。夜、自宅でネットを通じて資料を収集。韓国はサイトが本当に充実している。A4で20ページ。全部読めるだろうか...

 

2005.6.17


昨日(16日)、シューレ大学で授業。尾崎豊をカバーしたpositionの「I love you」をここ数回聞いている。これとは別に、聞き取り問題を集中して取り上げる。学生たちは予想以上に良くできた。音読の成果だ。テープ学習の方法についても解説した。本文を見る・見ないリピート、オーバーラッピング、シャドーイングの四つを繰り返すのが最も効果的。

同日夜、観光ガイドの仕事をした仲間(韓国人3人)と反省会を兼ねた飲み会。最初の30分だけ日本語で、残り数時間は韓国語で四方山話に花が咲く。飲み過ぎた。

 

2005.6.13


昨日(12日)、友人である韓国人の送別会があった。語学留学で日本に2年以上滞在し、今日帰国した。韓国語だけでなく、韓国の社会や歴史についてもいろいろ教えてもらった。友達は財産だと、改めて思う。今の仕事ができるのは、韓国人の友人たちのおかげだ。

 

2005.6.10


一昨日、韓国から来日した牧師の通訳をする。貧困や野宿者の問題に取り組んでいる人。内容が濃く、いろいろ勉強になった。行かないつもりだった3次会まで行き、上野駅まで走ったが終電に間に合わず、日暮里まで歩き、事務所に泊まった。開設しておいてよかった。

 

2005.6.5


インターネット上に個人レッスンの広告を約1ヶ月前から出している(google。検索で「韓国語 教室」などと打つと出る)が、数日前に初めての申し込みがあった。体験レッスンを受けたいという内容のメール。一昨日、ファミリーレストランで簡単にレッスン内容を説明し、早速模擬授業。テキストの本文を読んでもらい、続いて和訳してもらった。レベルチェックとしては第6課まで問題ない。発音が自然できれいだった。そして今日、レッスン開始のメールをいただいた。

 

2005.6.3


昨日、東京地裁で法廷通訳人の採用面接を受け、落ちた。最初に一人でビデオを見た。裁判官と書記官が入室し、応募の動機などについて聞かれた。続いて、法廷通訳ガイドブックに載っている文章の音読と通訳。「通訳としては問題ありませんね」と裁判官。次に法律用語に関する質問に答えなければならなかったが、これがからきし駄目だった。「緊急避難」など約半分の用語が分からなかった。裁判官から「今回は採用を見送ります」「何度受けてもいいですから、また勉強してがんばってください」と言われ、面接は終わった。刑法と刑事訴訟法の勉強が必須だったのだが、この間、全くできていなかったので、当然の結果だ。時機を見て、再度挑戦しよう。

 

2005.6.2


昨日、通訳ガイドが無事終わった。パスポートを紛失したお客さんとともに仙台国際空港からバスに乗り帰京。その後の手続きもうまくいき、今週末には無事帰国できそう。トラブルもあったが、その分勉強になった。初めてでストレスは溜まったが、韓国の観光のお客様を対象とする通訳ガイドはやれる、という自信がついたのが一番の収穫。

今日はシューレ大学で講義。授業の進め方について話し合う。授業では、テキストの3課・7課と歌。

 

2005.5.27


観光ガイド1日目、無事終了。団体客の観光案内は初めて。成田空港→お台場(フジテレビなど)→ホテル。説明・注意事項も問題なく無事終了。バスの中で空いている時間は隣に座った同年代のお客とずっとおしゃべり。

 

2005.5.20


終日、事務所で韓訳の仕事。ADSLを設置。FAX(複合機)もつないだ。事務所らしくなってきた。ただ、空気が悪いのだろう、喉が少し痛い。

 

2005.5.16


昨日の朝、父方の祖母が死んだ。介護に行っていた母より連絡が入る。享年93歳。大往生だ。長男である父の長男で初孫であることも手伝ってだろう、幼い頃随分かわいがってもらった。それだけにショックだ。明日、葬式で鹿児島に行ってくる。

今日は事務所で仕事。韓作文の添削をする。ハンギョレ新聞社説も読む。昼、近くの総菜屋で買った300円のコロッケ弁当を食べながら、AFNを聞く。

早めに帰宅し、チョルスにミルク。激しく泣き叫んだが、お腹が一杯になり、すぐ寝た。鼻が詰まっているからか、しばらく、いびきをかいた。

 

2005.5.15


独習者の、とてもためになるサイトを発見。http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/7781/

 

2005.5.14


個人レッスンと観光ガイドの打ち合わせ。一週間のうちで土曜が一番忙しい。

 

2005.5.10


シューレ大学の韓国語講座で教える。授業時間が75分から120分に増える。前半が発音編で、後半が会話編。しかし、進んでいくうちに渾然一体になる。学生6人と、韓国人の姓、「ナラ」(「国」の意。奈良の語源)、「タリ」(「足」の意。「足りる」の語源か?)、「あります」、「これは何ですか?--これは机です。」などを学習。

 

2005.5.7


観光ガイドの予定が、半分キャンセルされる。領土問題の影響か?

韓国語レッスン。いつもの会場の下の階で工事をしていてうるさいので、やむなく近くの喫茶店に移動して授業。内容は12課で、買い物の仕方。受講しているkさんがとても上達。特に発音が相当うまくなっている。2時間×21回=42時間でテキスト(韓国語1級)の40%まで進む。この早さだと、100時間(50回)でテキスト終了。私が留学したときは、生徒が10人以上で、200時間(かかった費用は、3ヶ月×10万円(1ヶ月当たり)=30万円)かかったが、一対一だとさすがに早い。

数日前から風邪で調子が悪い。昨夜は、日韓関係の行く末が気になって眠れなかった。

 

2005.5.2


今月予定の観光ガイドの準備で、韓国語の観光ガイドブックの音読をする。仕事場の掃除も。

息子のチョルスは随分大きく、そして重くなった。

数日前からgoogleの広告を出している。「韓国語 ○○(「講座」「レッスン」など)」と検索すればヒットするが、はたして、日韓関係が冷え切った中、問い合わせがあるだろうか。

 

2005.4.28


千駄木の仕事場で打っている。一応事務所なのだが、仕事場という言葉がふさわしい、築30年余りの木造アパートの2階だ。ちょうど一週間前に入居。この辺りの6畳一間(バス・トイレ無し、小さな台所付)で、共益費込みで31,000円は安いほう。4月はじめに不動産屋を歩き回り、見つけた。畳は替えてもらったが、ハウスクリーニングは無し。雑巾がけをする。木造アパートが密集し、周りをマンションが取り囲んでいる。駅から近く、また商店街もあり、便利だ。

23日に中古のパソコンデスクと椅子、それにダイニング5点セットを購入し、即日配達してもらう。

昨年6月に個人事業者として仕事をはじめて以来、今までは自宅の賃貸アパートを事務所兼用で使っていた。それが、今年2月の子どもの誕生で、仕事と育児のメリハリをつける必要が生まれた。くわえて、仕事それ自体の事情もあり、思い切って借りたわけである。

仕事をバリバリこなし、稼ごう。

 

2005.4.20


シューレ大学で韓国語の授業。学生たちに久しぶりに会うと、なんだかうれしくなった。体験授業ということで3人が参加。ハングルで自分の名前を書いてもらう。これまでとこれからの授業についてしばし語り合う。

授業後、新宿区四谷図書館でしばし読書。ある国際機関のことを勉強しているのだが、だんだん分かってきた。窓からは新宿御苑が見える。雑誌コーナーに「韓国語ジャーナル」(だったと思う)がおいてあり、ちょっとビックリ。

朝、韓訳の依頼があり、ネイティブチェックを入れて、深夜、納品。韓国・中国の反日デモに関する翻訳の仕事はこれで3件目だ。

 

2005.4.18


子どもです。生後数日の写真。髪が期せずしてオールバック。産道通過のためだろう、頭が尖っている。今は頬っぺたが大分膨らんだ。最近は話しかけるとニコッとし、こちらの目をじっと見て「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」を発音不明瞭だが鸚鵡返しにするのでビックリ。物真似はこの時期の赤ん坊の特徴だそうな。

哲寿・てつひさ・チョルス

 

2005.4.7


翻訳作業が続く。子育てで疲れ気味。

 

2005.4.5


シューレ大学の学生たちからメールをもらう。新学期だ。桜は三分咲き。

チョルス中心の毎日が続く。宥めてもすかしても泣き続け、むずがりが2-3時間続くと、さすがに煮詰まる。その時、児童虐待につながる「芽」が心に生まれているのに気づき、愕然とする。

 

2005.3.24


英語個人レッスンの講師。中学英語は侮れない。

 

2005.3.23


昼まで私用で外出。帰宅後、韓作文の添削作業。昨日から雨。御湿がなかなか乾かない。

 

2005.3.21


15日に帰郷し、17日に連れ合い、子どもと一緒に東京に戻った。

実家に着いた15日、取引先から、韓国語研修の企画書を書いてくれと依頼がいきなり来た。作成に3時間かかったが、添付ファイルで無事送信。

18日は労働組合関係の集会の通訳。無事終了。二次会の席でマオタイ酒をしたたか飲んでしまった。

19-20日は翻訳作業。早く終わると思っていた校正の時間が結構かかった。無事納品。

ある労組から通訳依頼が来る。なぜか通訳の仕事は労働運動関係がこのところ多い。

今日は京都へ出張。明日まで。

 

2005.3.12


3月に入って忙しくなってきた。朝から部屋で翻訳作業。昼、外に出て体験レッスン。かなりできる人だった。オープンカレッジで学んだ経験があるからだろう、発音が相当良い。1級のテキストを所々読んでもらったが、ほとんど理解できた。実力はすでに2級(ソウル大語学研究所のテキストで)。初級の上だ。韓国語能力試験を受ければ1級は通るだろう。説明と体験レッスン後、受講が決まる。よかった。帰宅後、再び翻訳作業。

昨日は英語レッスンの講師をした。中学英語文法の復習なのだが、これまであいまいだった点が少なくなく、勉強になった。

 

2005.3.10


飾ってある子どもの写真を見ながら仕事をしている。こうすると、不思議と自分に活が入るのだ。寝ている顔の写真は大仏のよう。胎児のときの写真がまさにこれだった。チョルス、生まれてきてくれてありがとう。チョルスアッパより。

 

2005.3.4


数日前、韓作文添削。本日、和訳作業。おそらく徹夜。kさんの紹介の仕事。先日は子どものお祝いまでいただいた。足を向けて寝れません。

 

2005.2.28


東京シューレと韓国のミンドゥルレの交流の場に参加させてもらう。貴重な時間だった。

 

2005.2.18


毎日新聞夕刊の映画評で韓国映画の「復讐者に憐れみを」と「大統領の理髪師」が取り上げられていた。ともにCDビデオで見たが、どちらも秀作。ソン・ガンホはいい役者だ。

 

2005.2.16


シューレ大学の講座。今日は体験入学の日で、新しい人2人が参加。最初に自己紹介と天気に関する会話。次に、自分の名前を韓国語で書いてもらう。みんなちゃんと書けている。えらい! 風邪をおして出席したAさんをはじめ、みな純粋。学ぶ姿が美しい。そういう学生たちと会い、一緒に学ぶことのできる私は幸せ者。

 

2005.2.14


翻訳会社のトライアルの訳文(韓→日)を送付。

 

2005.2.12


ご夫婦で受けられているお宅へお邪魔してレッスン。13課に進んだ。

 

連れ合いが無事出産 (2005.2.11)


2月9日20時52分、連れ合いが男児を無事出産。7日午前、陣痛が始まったとの連絡が入り、あわてて熊本に行く。そして一緒に病院へ。しかし、前駆陣痛だったのか、微弱なため8日未明に一旦帰宅。再び強まったので同日夕に病院に行き、丸一日かかって、7日夜から数えると丸二日経って子どもが誕生。その間、苦しむ連れ合いの体をさすったり指圧したりし続けたが、出産にも立会い、助産士の手で哲寿(てつひさ)の頭、続いて体がするりと出てくる様子をじかに見ることができ、深い感動を覚えた。「こんにちは」と長男に語りかける連れ合いと一緒に泣いた。2日間も産みの苦しみを耐えた彼女(手前味噌ですが、「えらい!」)、そして生まれてきた子どもに感謝の拍手!

韓国語日記ではなく育児日記になってきた。

昨日と今日、母子同室の部屋を訪れ、赤ん坊にもうべたべた。ビデオとカメラを撮りまくった。問題意識が子どもに集中しているのが自分でも分かる。そして、今日の午後、独りで帰京。寂しさがこれまでの二倍になる。それを紛らわすために、帰りの新幹線ではNHKラジオ中国語講座10-2月号のCDを聞き続けた。

 

1日こもる (2005.2.6)


昨日は午前中に個人レッスンをした。前回習ったところを私が日本語で言い、それを韓国語に訳す練習も90%以上出来ていた。前回の聞き取り練習は100%できていた。生徒さんは確実に伸びている。

今日は一日家にこもって翻訳の仕事(日→韓)と翻訳会社のトライアル(韓→日)。実は昨夜なかなか眠れず、未明まで仕事をしたのだが、その続きだ。

数日前、シューレ大学の韓国語講座が終わり、帰ろうとしたら辛淑玉さんがいたので、あいさつした。辛さんは私がスタッフとして約7年働いていた会社、香科舎の社長。シューレ大学の翌日はその会社に赴き仕事の打ち合わせなどをした。私が通訳・翻訳で食っていく決心をして昨年会社を辞めてからもいろいろお世話になっている。韓国留学ができたのも辛さんのおかげだ。足を向けて寝ることのできない人である。

 

もうすぐ出産予定日 (2005.2.4)


出産予定日である9日まで一週間を切った。連れ合いは医者から「まだまだかかる」と言われたらしい。

最近、韓国語の司法通訳の手引書を読んでいる。基礎編は読み終え、現在実践編。

 

공부の由来 (2005.1.31)


勉強を韓国語で공부〔工夫〕というが、それは何故か? という質問が昨秋シューレ大学の授業で出たので、遅ればせながら調べてみたら、「工夫」は仏教用語だった。

「공부」の由来は仏教でいう주공부做工夫にある。「공부를 하다」というのは、「仏道を熱心に修める」という意味だ。仏道を修めるにはさまざまな方法があるだろうが、特に공부という用語を好んで使う修行法は参禅だ。従って禅家では参禅に尽力することを「공부하다工夫する」といった。

--という趣旨の説明がネットにあった。

ところで、「冬のソナタ」を見ていると、チュンサンはユジンのことを유진이ユジニと呼んだり유진아ユジナと言ったりしていた。この、人名につく-이と-아は一体何なのか? これは同じくシューレ大学の前回の授業で出された質問だ。ニューエース国語辞典(金星出版社)には次のようにある。

-이 接尾辞 ⑤子音で終わる人の名前の後ろにつけて語調を整える言葉。口語で使われる言葉で、主に子供の名や目下・年下または友達の名前につける。目上・年上の人に対し親族呼称とともに使うときは親近感を表す。

-아 助詞 パッチムのある名詞の後ろにつけ、呼びかけを表す呼格助詞。(拙訳)

つまり、유진이ユジニは単に「ユジン」だが、유진아ユジナは「ユジンよ」と呼びかけているわけだ。

また、「~も」は도だが、「ヨンスク(女性名:注)も」は「영숙이도」も「영숙도」も使える。上述のようなニュアンス上の違いがあるが。

 

和訳問題 (2005.1.30)


050130インターネットハンギョレより作成。

1. 언제까지 ‘분식회계 면탈’ 타령인가

2. 이젠 아예 작정하고 기업 편에 서서 자신들이 만든 증권 집단소송법을 깔아뭉개겠다는 처사라고 볼 수밖에 없다.

3. 이처럼 불확실한 전망에 근거해 여러 해 논란 끝에 겨우 합의한 정부 정책을 하루아침에 뒤집는 것은 정부 스스로 정책 일관성을 허무는 것이다.

4. 오히려 현실적으로는 재계의 우려와 달리 집단소송법이 ‘종이호랑이’로 전락할 가능성도 없지 않다.

5. 하지만 이런 관행은 대가를 치르지 않고는 사라지지 않는다.

6. 민주노동당은 제3당으로서 자긍심과 함께 책임의식을 키워야 한다.

7. 현실적인 민생정책들을 생산하기 위해 민의와 국민 정서에 터잡으려는 노력과 치열한 토론, 정책 산출 시스템 구축이 절실하다.

8. 대기업 노조가 지지의 큰 바탕을 이룬다는 점에서 최근의 기아차노조의 도덕성 문제나 비정규직 희생 문제 등에서 앞장서 대안을 내는 모습도 아쉽다.

9. 말로는 ‘이라크 역사에서 처음 치르는 다당제 자유선거’이지만 이슬람 수니파의 다수와 저항세력을 배제한 ‘반쪽짜리 선거’다.

10. 삼엄한 경비 속에서도 저항세력의 공격이 잇따르면서 후보자의 유세조차 제대로 이뤄지지 못하는 지역이 많다.

11. 침공 전에는 지배 종파였다가 약자로 바뀐 수니파는 이들과 심한 알력을 빚을 수밖에 없다.

 

【語彙】 면탈〔免脱〕 罪を免除されること   타령〔打令〕 口癖、決まり文句    깔아뭉개하다 踏み潰す、踏みにじる   허물다 取り壊す、潰す   종이 호랑이 張子の虎   대가를 치르다 代価を支払う   아쉽다 期待される、望まれる   자긍심 〔自矜心〕自負、プライド   터잡다 土台・基礎が固まる   반쪽 半分   삼엄하다 森厳だ   알력 軋轢

 

1. いつまで「会計粉飾を見逃す」と言い続けるのか

2. 今は初めから心を決めて企業の側に立ち、自分たちが作った証券集団訴訟法を踏みにじるという処置とみるほかない。

3. このように不確実な展望に基づいて、多年にわたる論争の末にやっと合意した政府の政策を一朝一夕に覆すのは、政府自ら政策の一貫性を破壊するものだ。

4. むしろ現実には、財界の心配とは異なり、集団訴訟法が「張子の虎」へ転落する可能性もある。

5. だが、こうした慣行は代価を支払わなければなくならない。

6. 民主労働党は第三党として自負とともに責任意識を育むべきだ。

7. 現実的な民生政策を生産するために、民意と国民感情に基礎を置こうという努力と熾烈な討論、政策産出システム構築が切実だ。

8. 大企業労組が支持の大きな礎をなしているという点で、最近の起亜自動車労組の道徳性の問題や非正規職の犠牲の問題などで先頭に立ち代案を出す姿も望まれる。

9. 言葉では「イラクの歴史において始めて実施される多党制自由選挙」だが、イスラムスンニ派の多数と抵抗勢力を排除した「半分選挙」だ。

10. 厳重警備の中でも抵抗勢力の攻撃が続くとともに、候補者の遊説すら満足になされない地域が多い。

11. 侵攻前は支配宗派だったが弱者に変わったスンニ派は、これらと深刻な軋轢を生み出すほかない。

 

ようやく納品 (2005.1.18)


韓作文の添削を納品。ネイティヴチェックもきっちり入れている。できるだけ丁寧に答えようとするせいか、売上げの割りに手間がとてもかかる。ストレスが溜まり、毎月大変。時給に換算すれば、東京都の定める最低賃金水準を下回っているのは確実だ。ただし、勉強になる。これは大きい。毎回課題を訳して送ってくる受講生の苦労も、同じ学習者として気になる。継続の原動力はこの二つか。

 

寒い日が続く (2005.1.14)


冬だなと思えるほど冷え込む日が続いている。帰省中にひいた風邪がほぼ治ったが、まだ時々喉が痛む。

一昨日、今年初めてのシューレ大学での授業。初参加の人もいて、みな楽しそうに勉強するので、私もなんだか楽しくなった。フリートークの練習でもみんなちゃんと答えることができた。びっくり。確実に実力アップしている。「音をなぞっているだけ」という声があったが、この物まねが語学学習のポイントなのだ。ラジオ講座を聴き始めたらもっと上達するだろうなあ。

昨日、税理士から確定申告の無料指導を受ける。4回目だ。何とか2月中にはできそう。帰宅後、ノートパソコンをネットで注文する。ここ数日、英独中のラジオ講座を録音し勉強。ハングル講座もテキストなしで聞いてみたが、面白かった。

本日、「ビジネス英会話」4月号を音読。「レッツスピーク」を音読していたのだが、数日前に電話で連れ合いから「英検の勉強としては不適切」「逃避」と指摘され(当たり)、替えた。

アイゴ、韓国語の勉強がおろそかになっている!

 

あけましておめでとうございます (2005.1.11)


8日に帰京した。

2週間の帰省中、いろいろあった。

掛け声倒れとはよく言ったもので、年末年始にがりがり勉強するつもりだったが、田舎のゆったりとした時間に身を任せ、100%くつろいでしまった。九州は温泉が本当に多い。実家から歩いて30分のところにも天然温泉があり、「勉強するぞ!」との意気込みが帰省早々泡と消えていった……。柳川の温泉にも浸かったが、体中から1年の疲れと一緒に学習意欲が(1、2、3、)ダーと抜けていった。NOVAにも結局行かずじまい。若い頃から口先だけのお調子者と自覚してはいたが、まさかここまでとは……。

それでも、韓国で買った英語の単語帳を、書きづらいが一応3日ほどめくった。が、説明も訳もすべて韓国語。不思議な感覚だが、ホッと一息つく暇もなかった。独中もラジオ講座の時間のみ。

語学学習は、年間目標は(ここにはとても書けない)決めたが、年末で中間総括として一区切りつけるつもりだ。韓国語の勉強はある程度の強度を持って続ける(でなければ食えない)が、それ以外はよくてラジオ講座の時間にとどめようと思っている。本当は他の言語の勉強をやっている場合ではないほど、韓国語および日本語の能力向上が緊急課題だからだ。

年明けに連れ合いと両親学級に参加。出産のドキュメントビデオに感動し目頭が熱くなる。命こそ宝、だ。「チョルス」は毎日元気よく母親の腹を押したり蹴ったりしている。しかし私が手を当てて「チョルスヤ、チャリッソ(元気かい)?」と声をかけると動きがぴたっと止まる。緊張しているのだろうか。ひょっとして、もうエディプス・コンプレックス?

昨年夏に過労で倒れ数日入院した先輩が経営する焼き肉料理店に家族で食べに行った。すっかり回復した姿を見て安心。食事も美味しかった。

帰京後、個人レッスンや私用であれこれ動き回っている。今日も、よく考えると、決定ではないが仕事の話ないし打診を3本もいただいた。ありがたいことである。

今年もよろしくお願いします。

 

不定期日記2004年

 

 

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